生のグリーンピース、アーティチョーク・ハートに乗せて。。。

生のグリーンピース、アーティチョーク・ハートに乗せて。。。

生のグリーンピース、アーティチョーク・ハートに乗せて。。。

 豆類は通常、完熟収穫して乾燥させたものを保存利用する穀物類ですが、グリーンピースはエンドウ(豌豆)の若い時期(未成熟期)に収穫した野菜類として流通しています。。我が菜園のペスコベジタリアンBIO農法で栽培したものは甘味が強く、採れたてを生でいただくのが最も美味しいでしょう。だから我が家では食卓にも生グリーンピースが定番です。あっという間に成長してしまうので、この短い時期だけの楽しみです。
 またこの頃のアーティチョークも花が開く前の若い時期つまり蕾をいただくもの。旬を共にするのも自然界の縁(えにし)、一緒にありがたくいただいちゃいます。
 グリーンピースは莢から取り出して、豆に付いている臍の緒を取り除きます。火は通しません。
 アーティチョークは丸くて大きめの物を使い、アーティチョークハート(可食部)を無骨な醤油皿の様な形に整えます。オリーヴオイル、ニンニク、イタリアンパセリ、レモン果汁、ミネラル塩、白ワイン、湯で炒め煮します。アーティチョークの上に生グリーンピースを盛り付けて、アーティチョークの煮汁を煮詰めて調整したイタパセ&ニンニクのソースをかけて出来上がりです。
 若い素材が旬を共にした一瞬の縁が味わえる逸品です。
 

 

アーティチョーク「インペリアル・スター」/Carciofi「Imperial Star」

アーティチョーク「インペリアル・スター」

 日本では、イタリア料理でアーティチョークを知った人も多いのではないでしょうか?それもそのはず、世界第1位の生産量を誇ります。それも第2位のスペインの2倍強。イタリア語ではカルチョーフォ(複数カルチョーフィ)。主に花蕾を食しますが、葉や茎も利用されています。古くから食され、古代エジプトでは食品や薬用として利用され、3世紀頃には栽培されていました。イタリアでの普及は15世紀頃からで、16世紀には栽培されるようになりました。始めはシチリアで、その後ナポリ、トスカーナを経てイタリア全土に広まったそうです。フランス料理にもアーティチョークは利用されますが、イタリアのメディチ家令嬢カテリーナ・ディ・メディチがフランスの王家へ嫁いだ時にイタリアから栽培担当者や調理人と共に持ち込み、野菜料理やテーブルマナーと共にアーティチョークをフランスに伝承したそうです。嫁入り当時は14歳だった彼女、そのワガママでイタリアから持ち込んだ食文化が現代フランス料理の基礎を築いたそうです。
実はアメリカでも西海岸を中心にアーティチョークはポピュラーで、生産量も世界第8位。初めはアメリカに移住してきたイタリア移民のために栽培されましたが、人気が高くなったため、主にカリフォルニア州で大規模栽培されていきます。ところが、1930年代、ニューヨークのイタリア移民のマフィア(5大ファミリーのひとつジェノヴェーゼ・ファミリー)がこれに目をつけ、安く買い叩き、ニューヨークでの販売を独占して大儲けします。この莫大な資金源をものにした幹部のチロ・テラノヴァはアーティチョーク・キングの異名で呼ばれました。1935年、ニューヨーク市長はこれに対抗して、ニューヨークでのアーティチョーク販売禁止令なるものを発令しますが、物議を醸しすぐに消えてしまったそうです。カリフォルニ・アーティチョークのそんなダークなイメージを払拭するため、1948年、かの有名女優マリリン・モンローを、初代カリフォルニア・アーティチョーク・クイーンに選出したキャンペーンを行ったそうです。1959年にはカリフォルニア州のアーティチョーク栽培の中心地モントレー郡カストロビルで、アーティチョーク・フェスティバルが始まり、現在もアーティチョーク産業を通して地域貢献を続けているそうです。
 日本へは江戸時代後期にオランダから伝わったそうですが、可食部が少ないなどの理由で普及しませんでした。昭和の第2次世界大戦後に進駐軍用に栽培されましたが、その後も日本人には馴染まなかったようです。現在も公式な導入は無いようで、1部の地域農家グループ、種苗会社、もしくは個人の種子輸入業者や農家さんたちの働きで少量が出回っている状態です。そのほとんどが飲食店向きで、高級食材のひとつとなっています。

 

 

グリーンピース/Pselli

グリーンピース
 豆類は通常、完熟収穫して乾燥させたものを保存利用する穀物類ですが、グリーンピースはエンドウ(豌豆)の若い時期(未成熟期)に収穫した野菜類として流通しています。
 エンドウはとても古くから利用されていて、起源は約10,000年前とされています(出典ナショナルジオグラフィック)。その後、エジプト、トルコ、古代ギリシャに伝わり、やがてヨーロッパ全域へ広がったようです。古代エジプト・ツタンカーメン王の墓(紀元前1,300年代)からも化石となって出土され、ツタンカーメン・コレクションの一つとされています。古代ギリシャやローマ時代には広く栽培されていたそうです。原産地は中近東から中央アジア/メソポタミアから地中海沿岸あたりとされています。中国へ5世紀頃伝わり、その後中国から日本へ8世紀頃(奈良~平安時代)に遣唐使によって伝わったそうです。
 グリーンピースとしての利用は15世紀のヨーロッパ、上流階級の美食の世界から始まったそうです。日本では江戸時代後期に莢エンドウが導入され、一足お先に野菜としての利用が始まりました。グリーンピースは明治時代に導入され一般化します。昭和に入って、品種改良が進み関西を中心に「豆ご飯」など食文化として定着していきます。私が子供だった昭和時代、グリーンピースの缶詰が普及して、炒飯にグリーンピース、カレーライスやオムライスにもグリーンピースが使われていました。今はあまり見ませんね。
 グリーンピースには、ビタミンC、ビタミンB1、ビタミンK、葉酸が含まれており、加熱しないで食した方が少ない量でも健康効果が期待できる、理にかなった利用法でもあります。しかも美味しい。ただし日にちが経つと味もビタミン類も低下しますので、なるべく早くいただくのがお勧めです。そういった意味では、自家菜園で採れたてをいただく事ができるのは至福の食卓と言えるでしょう。身にも心にも。。。

 

 

イタリアンパセリ/Prezzemolo

イタリアンパセリ(フラットリーフパセリ)
 イタリアンパセリは、日本でよく流通している縮れた葉のパセリ(カーリーパセリ/モスカールドパセリ)の仲間です。葉が縮れない平葉種で、ハーブの1つとして、最近は日本でも流通が見られます。カーリーパセリより味・香りが強く、欧米ではパセリと言えばフラットリーフパセリを指すそうです。分類上、平葉種パセリが代表格で、縮葉種はそれの亜種だそうです。
 原産地はヨーロッパ南東部・地中海沿岸とされており、ピンポイントではイタリアのサルデーニャ島ではないかという説もあります。
 利用は古代ローマ時代とされ、栽培によって広まりヨーロッパ全域で野生化したようです。また紀元前4世紀の古代ギリシャでは食用に留まらず、アスリートの勝利を讃える冠として用いられたそうです。中世になると、修道院のハーブ園では必ず栽培され、ハーブとしてより重要な作物になります。ルネサンス以降は、園芸が知識階級の間で流行し、その品目のひとつとして、パセリは広く栽培されたそうです。
 日本へは江戸時代後期にオランダ船によって長崎に伝来しました。当時は、長崎に出入りするオランダ商人達が利用するため長崎だけで少量栽培された程度でした。明治時代に入って西洋野菜栽培が導入されパセリ栽培も本格化し、洋食の付け合わせなどとして活躍していきます。では何故、カーリーパセリが主流になったのでしょうか?それは導入された際に、皿の上の西洋料理主体で決められたそうでう。ひらべったい料理にカーリーパセリは立体感・ボリューム感・彩りを与えて美的感覚ををくすぐりました。明治維新の真っ只中、カーリーパセリの存在感は大きかったようですね。かの1万円札の渋沢栄一氏も、このパセリを食べてぶったまげたかも知れません。
 イタリアンパセリですが、インターネットで海外のアーティチョーク料理の動画を見ていると、このイタリアンパセリがよく使われています。代表的なのがローマ風アーティチョーク(Carciofi alla Romana)。実はこの料理、古代ローマ時代からあるそうです。アーティチョークにはイヌリンなど食物繊維が多く含まれており、整腸作用を促します。ところが食べ過ぎるとお腹の中でガスが発生して、とんでもない目にあいます。そして実はイタリアンパセリにはこのガスを抑える効果があるのです。アーティチョークはイタリアンパセリの苦味をマイルドにして美味しさに変え、イタリアンパセリはアーティチョークのおならを抑える。ローマ風アーティチョークは、まさに究極の一皿と言えるでしょう。

 

エレファント・ガーリック

エレファント・ガーリック

 その名から連想される通り、象のように大きなニンニク。しかし、分類上はニンニクではなくリーキ(太い西洋ネギ)の仲間。そのため、ニンニクのような刺激臭はなく、別名「無臭ニンニク」とも呼ばれます。マイルドな香りでたっぷり食べることができ、常温保存で1年くらい持つので、とっても嬉しい野菜です。

 

天高く マヤ放つ 愛
天高く マヤ放つ 愛
イタリアントマト「コストルト・フィオレンティーノ」
イタリアントマト「コストルト・フィオレンティーノ」